2007年8月30日木曜日

ポストモダン化

ポストモダン、という言葉の定義はかなり曖昧で分かりずらい。一見して
ウィキペディアの説明もかなり頭が悪い。つまり要領を得ない。批評家の
東浩紀は共産主義の崩壊に象徴されるような大きな物語の凋落によって、
万人が共通するコンテクストを生きられなくなった世界、と定義している。

今のところこれが一番分かりやすい。そこでは全ての物語は細分化され、
人はあくまで個人的な小さな物語を生きている。昔、まだ恐竜のような主
義や思想が生きていた頃、皆が当たり前のように共有していた前提が、こ
こでは一つの選択、つまり選びとるべき物語の一つでしかなくなっている。

そんな現代。果たして批評は意味を持つのか。ここではあらゆる思想がフ
ィクションでありファッションであり得る。自分が好んで着る服を他人に
批評されることはいい迷惑でしかあり得ない。批評、もしくは言論、つま
り、現状になんらかの文脈を見いだし、それを批判、もしくは是認する行
為の全てが社会全体に対してなんら影響力を行使できないのがポストモダ
ン後の世界ということになる。

なんらかの主義、主張に対して批評を加える事は、誰かの好みに対して自
らの好みを主張するに等しく、言われた方にしても、それを聞く方にして
も、なんらの価値を見いだすことはできない。

それよりも、自分と似た好みに対して寄せるシンパシーの方が強力であり
雰囲気が先行する世論をみるまでもなく、今、力を持つのは主張、言論、
ジャーナリズムではなく、共感。そして、主張の入る事の無い、情報。
この二つであろう。

久方ぶりに批評集を読みながら、思ったのはこの点である。
この違和感を拭えなかったからこそ、自分は会社に入る道を選んだのであ
り小説を読み始めたのだった。

そしてまた同じところへ戻ってきたというわけ。

2007年8月29日水曜日

小説離れ

時間がないとうどうも作業が雑になる。本を読み、時間を潰す。作りか
けの飛行機は、尾翼をつける途中のままだ。会社帰りに本屋に寄って、
評論を一冊買った。大学以来こういう類いの本は久しい。社会人になっ
てからは小説ばかりだった。推理小説から始まって、新本格、本格、
アンチミステリに社会派。ライトノベルも読んだし、ごく普通のエンタ
ーテイメントと呼ばれ小説も手に取った。何でも読んだし、楽しめれば
文句はなかった。

正しいことに愛想が尽きて、楽しい本に身を寄せた。気分でものが言え
るようになり、頭で考えることが減った。それが悪い事だとは思わない。

しかし、
頭でものを考えない人間の意志は、空気のように軽い。暖かい風に吹か
れれば膨らみ、冷たい風に曝されれば急激に萎む。硬い意志をブロック
のように着実に積み重ねることができる人間だけが、人生に形をのこす
ことができる。形とは物語であり、ロジックである。

楽しい事は正しいのか。わからない。正しい事は苦しいように思う。

【日記】連作短編途中経過

仕事上で、特に記すべきことはない。それはいつものことだ。文芸部の
連作短編を昨晩書き上げて、電車の中で推敲して提出した。最初はやや
ドライブのかかったファンタジックな設定だったものが、いまや推理メ
タ純愛小説のようになり、最後の一周を残して余談を許さない状況が続
いている。部員の間では早くも、禁じられた夢落ち、ソフィーの世界、
などの単語がささやかれ、事態の拾集に向けた動きが活発化している。

4人で書いて一番メリットがあったことは
「次は一人で書いた方がマシだ」と思ったことにあるだろう。

2007年8月27日月曜日

【日記】仕事が終わったら模型屋に行こう



仕事帰り、吉祥寺で降りて模型屋を探した。新しくヨドバシカメラがで
きた通りをまっすぐ進み、ジョナサンの角を右に曲がる。ファミマとセ
ブンに挟まれた小さなビルの二階。

見つけたのは本当に偶然。今月のカードの支払いを見ていたら7000
円ビージェイ、という明細が有った。なにぶん、いろいろと手を出して
いるので何を買っているのか分からない。そこで店名を検索したところ
模型屋で、しかも吉祥寺にあることが分かった。地図を出してみると、
随分近い。これは行かねばなるまいと思ったわけだ。結局何を買ったの
かは思い出せなかったけれど、ここで何が買えるかの方が大問題。

WAVEの直営店らしく、材料や工具、塗料の品揃えが素晴らしい。フィ
ニーッシャーズのファンデーションホワイトは普通の店ではなかなかお
いていないし、見た事もないメーカーの塗料がずらずら並んでいて飽き
ない。完成品やトイもあるにはあるが、何かを作るひとが足を運ぶ店と
いう意味ではおもちゃやではなく完全に模型屋。ここまでの品揃えは、
ちょっと他ではお目にかかれない。特定の工具や一般流通している素材
の安さなど、他店の方が優れているところもあるけれど、総合力では、
いまのところナンバーワンではないだろうか。というわけで今日はこと
のほかいい日だった。

写真は、つい買ってしまった海外のおもちゃと作りかけのガンプラ。
飛行機は初めてだが、形がとても可愛らしい。完全に森博嗣の影響下に
あると思う。ガンプラは足の構造が秀逸で足だけで4本は買う価値があ
る。オクトパスもじさない。人間の足と同じような動きを内部のプラフ
レームで再現している。人間の足の構造をまねること無く、独自の解釈
でその動きを再現している。これは言葉で書く以上にすごいことだ。
村上隆も最近注目している。昨年のワンフェスの時は、パンフレットも
ろくに読まなかったが、これはこれで筋の通った人かもしれない。好み
はわかれるだろう。

追記、以前MIXIで日記を付けていたとき、「いつも楽しそうですね」と
言われたことがある。楽しいことしか書いていないので当たり前です。
と答えておきたい。

2007年8月26日日曜日

【模型】作業風景



作業場風景。まだまだ足りないものは山のようにあるけれど、徐々に設
備が整ってきたような気がする。ニッパーが用途別に二種類(本当はあ
と1本は最低欲しい)ヤスリが大小あわせて9本。スパチュラが3本で
ケガキ用のナイフや針が3本とか。同じ道具が用途によって複数用意さ
れているのが嬉しい。エアブラシもついに2つになった。もったいなく
て新しいものは使えないが、新しい塗装ブースが届いたら色々ためさな
くてはいけない。

一つの模型をつくっていると、いろいろな課題がみつかる。道具で解決
できるものもあれば、そうでないものもある。ただ、今のレベルならば
道具で解決できるものがほとんどだと思う。そもそも道具は、だれが使
ってもある程度の技術で、一定の水準の結果を出力することができる。

だから、それをある程度まで揃えて、使いこなすことが重要になる。コ
ンスタントに結果を出すために、道具を使いこなす能力が技術だ。ヤス
リ一本で想い通りの形を出す、というのはそれは技術を通り越して能力
の部類に入る。プロゴルファー猿が確かそんな感じではなかったろうか。

尊敬するモデラがホームページで引用していた文言の孫引き。

「プロはアマチュアでも確実にできる方法でつくり
 アマチュアはプロでも難しい方法で作ろうとする」

用途に応じた道具を揃えてそれを適切にとりまわす技術が欲しいなあと
常々思う26歳。もう半年である。

2007年8月25日土曜日

【日記】手作業

金曜日は仕事が手につかない、というと嘘か。手は動いている。だいた
い手を動かせば終わる仕事というのはたいしたものではない。何かをつ
くる仕事は別だけど、段取りが決まっていて、頭を使わない仕事という
のはジャンルとしては処理。

逆に手を使うことで、頭を使うということも多い。模型や文章を書くと
きは手を使わないと何も生まれない。模型もキットを使っている限りは
それほどの緊張感は無いが、それをもとに自分の解釈を盛り込もうとす
れば、独特のテンションが発生して、頭が回転する。文章を書く時は、
何を書くかは書いてみないと分からない。書いている時に、手を動かす
ことで頭が回って、考えていることの一部がこぼれでてキーボードを通
じてバイトデータに変換されていく。そうしない限り自覚的な思考はで
きないと思っている。

日々、ノートに向かわないとき、キーボードから手を離しているときは
自覚的に考えてはいない。人生の大半を、考えること無く過ごしている。

ただ、これは皮肉でも悲観でもない。考えながら、楽しむ人はいない。
考えながら、悲しむ人もいない。人はもともと考えなしもっと笑えるも
のだと思う。これが昨日の分の日記。疲れて一日あけてしまった。

2007年8月24日金曜日

【日記】古今東西 大事なもの

大学の先輩と会うために仕事帰りに新宿へ。実行委員時代の直属の先輩。
浮ついたところがないストイックな団体で、長く続いた組織のご多分に
もれず、部署が多くて保守的だった。守ることが、悪いことではない。
延びきった開放的な組織では維持できない緊張感と、親近感が確かにあ
そこには存在していたと思う。今ではきっと耐えられないと思うけれど、
今とても懐かしく思い出すそういう場所だ。

同じく、その先輩の下で仕事をしたO氏と合流し、遅れてくる先輩がわ
かりやすいだろうということで、西口のパレットビルに入る。

隣の座敷で合コンらしきグループが騒いでおり、かなり五月蝿い。なぜ
あそこまで騒ぐ必要があるのだろうか。おそらく初対面だから、それし
かできないのだろう。時間もお金もかけて、山手線ゲームをしてトリビ
アでも仕入れるのか。古今東西と言っておきながら、お題がスマップの
メンバーというのはいかがなものか。つまり森君を入れてもいいという
ことか。

結局、仕事が長引いた先輩はくることが出来ず。
いつでもできます。待ってます。

2007年8月23日木曜日

【無駄思考】定時上がり

定時にあがる、というのは当たり前のように難しい。昼休みは、あれだ
けさくっと仕事を切り上げて食事にでる人たちが、なぜか5時半を過ぎ
ても誰も帰り支度を始めない。夕飯、食べないのだろうか。

給料を上げる方法がある。とても簡単な方法で、紙一枚あればすぐあが
る。残業申請すればよい。月々数万円給料があがる方法がある、といえ
ばもはやベストセラー間違いなしである。たぶん、本気で言ったらおこ
られるだろう。

残業代がつかない場合、給料をあげる方法は定時にあがることである。
時給がぐっとあがる。なぜ皆しないのか。本気でいったら殴られそうで
ある。

今日は定時に帰宅したので、1ダースほどいいわけを考えてみた。これ
はそのなかで最も正しく、もっとも説得力がないもの。嘘の方が何倍も
効果的で、波風が立たない。嘘をついているのに、不思議なことである。

2007年8月21日火曜日

【本】生きさせろ!

雨宮処凛「生きさせろ!難民化する若者たち」を読了。ボーイズオンザ
ランの花沢健吾の表紙につられてふらふらと、新宿の紀伊国屋で購入し
たもの。生きることがなぜこれほどまでにしんどいのか、という問題に
構造的な答えを出そうとがんばっている本。つまりなんでこんなにしん
どいのか、なんでこんなにフリーターが増えちゃって、格差が広がって
そんで労働者がこんなに買いたたかれるのよ?という疑問に社会が、国
が、企業がこういう枠組みで流れていて、どういうシフトチェンジがあ
った結果こうした現状になったのです、という明快な論旨がある。

それほど難しい本ではない。もともと、ニートやフリーターに限りなく
近いところにいた著者が、ワーキングプアの人々と出会い、話をきいて
本を読だり、講演を聴く、意見を求める。そうしたガチンコの取り組み
によって綴られた本なので、少し感情的だし、バランスがいいとは言え
ない。特にネオリベラリズムを持ち出して、それを特権階層の陰謀のよ
うに取り上げる。

国家の陰謀、大企業のエゴ、そうしたものを声高に批判するのは勿論い
いのだが、そうした企業や国家も全てをコントロールするわけではなく、
ある程度必然的な流れのなかで舵取りをしている。そうした流れなしに
全ての起点を国家と企業に求めると、本論でもでるように「もう革命し
かなくなる」ということになる。では社会主義はどうなったのか。万人
が生きることを無条件に共有し、喜び合う社会が何をもたらしたのか。
声高な批判はより大きな声にかき消されるものだし、何よりも明確に
何かが悪いと言うことがあまりにはっきり書かれた本は好きではない。

いい本だったということと、好きではない、という評価は両立する。
念のため。


生きさせろ! 難民化する若者たち生きさせろ! 難民化する若者たち
雨宮 処凛

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2007年8月20日月曜日

【日記】ウィルス対策

仕事帰りに、ヨドバシカメラに寄ってウィルスチェッカを買う。メイ
ンで使っているMacはウィルス対策は最低限で良いが、サブで使用し
ているWindowsはそうもいかない。仕事で使うことを想定して、秋
のウィルス狩りを行うことにした。購入したのはトレンドマイクロの
ウィルスバスター。日本製でインターフェイスが馴染みやすいことが
決めて、あと安い。特に今まで不審動きはないが、それと安心して使
えるのは話が別。問題がない場合でも不安はある、ウィルスというよ
りその不安を取り除くのがこうした対策ソフトの役割。問題解決は、
あくまで二次的な要素と言える。

模型コーナーに立ち寄ってマスキングゾルを購入。昨日からのにわ
か海洋堂ファンとしてリボルテックシリーズから目が離せない。
5分迷うと決めて、きっかり5分後にリボルテック「グリフォン」を
購入。久しぶりのトイである。リボルテックの特徴はガシガシ動かし
て遊べる点。26歳だけどなあ、と思いながら青春をともにしたグリ
フォンをいじるのであった。




あ、ウィルスファイル8だって、やばい。不安が現実に。これが問題。

2007年8月19日日曜日

【本】海洋堂マニアックス

海洋堂マニアックスを読む。造本から装丁、中身のレイアウトに至る
まで、隅から隅まで好みのスタイルでまとまっている久しぶりにあた
りと言える本。食玩で有名になった模型屋海洋堂とフィギアやガレキ
などのオタク文化の周辺情報をぎっしりつめこみ、インタビューと図
版の数も半端ではない。海洋堂の歴史沿革などは前著に詳しいが、こ
の本は、日本のオタク文化をマクロ的に俯瞰し、そのなかでの海洋堂
の位置づけを測っていく作りになっている。そういう意味ではとても
グローバルな本なのだ。これを読むと食玩等のマスプロのフィギア産
業がどのように成立しているのかが良くわかる。業界読本といっても
良いくらい。

圧倒されるのは、そのストイックさと、熱量。

「偉大なことを成し遂げるのは、それ以外になすことのできない人
のみである」(ヒルティ「眠れぬ夜のために」)

どの分野でも突出するのはバランスを崩したもの。平均化できないか
わりに、突き抜けることができる。ではその突き抜けた造型がマスプ
ロとして成立するはなぜか。この本が面白いのはその点だ。突き抜け
た造型も、形になれば摸倣が出来る。ペイントマスター(立体色見本)
は中国の工場で細かい行程に細分化されて、単純作業に落とし込まれ
大量生産される。突き抜けるということの評価は、だから結果ではな
く、その行為そのものにある。思考。手を動かした結果ではない部分
それを志向する発想。そういったものが貴重なのはどの分野でもおな
じこと。志向して思考する。人間ならそれができる、はずなのだ。


海洋堂マニアックス おまけフィギュアブームを生み出した「世界最狂造形集団」の功罪海洋堂マニアックス おまけフィギュアブームを生み出した「世界最狂造形集団」の功罪
あさの まさひこ

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2007年8月18日土曜日

【本】DDD1

DDD 1DDD 1
奈須 きのこ こやまひろかず

講談社 2007-01-10
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講談社BOX『Decoration Disorder Disconnection 1』(奈須き
のこ)を読む。内容云々の前にこのレーベルは装丁が好きじゃない。
まず、並製本なのに箱入りで、本体にはカバーが無い。箱の作りもち
ゃちで、そのくせ定価が1300円代と高い。そもそもこのレーベル
は装丁から造本までを統一しすぎている。本としての中身も著者もば
らばらなのに、レーベルとしての思想を主張しすぎる。ファウスト太
田編集長の作る本!ということはわかるのだが、本はあくまで個別の
作品として評価されるべきものであって、一つのブランドでくくられ
るべきものではない。それをいったら世に出る文庫とかみんなそうな
んだけれども、この講談社BOXはこのレーベルが初出、もしくは初の
書籍化というものが多い。もっと一作一作、造本から装丁、カバーま
でをオーダーメイドで勝負して欲しいのだ、本好きとしては。

だいたい、この本、平積みにしておくと痛むので、書店によっては店
頭にはプラの見本を積んでおくところもある。

さて、中身。前置きばかりが長くなったが、DDD1は雑誌ファウスト
に掲載された短編に書き下ろし一本を加えた長編シリーズの第一巻。

精神の病巣が肉体を変異させる奇病「悪魔憑き」が敷衍する現代を
舞台に、片腕の無い青年石杖所在と義手義足の少年カリョウカイエ
が織りなす非日常の綺譚集。前作(小説でいえば)「空の境界」か
らみると随分読みやすい。だが、今回はある叙述トリックのために
物語上の人称が錯綜し、そのトリックの精度を上げるために、内面
描写に著しく制限がかかっている。そのため、主要なキャラクタが
何を考えているのかが良くわからない。ただ、設定のつくりかたな
どはやはり抜群に上手いので、なんとなく読めてしまう。

ただし、シリーズが前提なのか(事実DDD2が最近発刊されてい
る)物語の大部分は未消化のままで次回に持ち越されているので、
一作だけ買って読めばいいものではない感じ。こんな高い本を次ぎ
次買えと言うのも無茶なのですが、これって文庫にならないかしら。

連作短編小説

いま、会社仲間でこんな遊びをしている。まず、4人でジャンケンを
して順番を決める。持ち時間は一人1週間。その間にA4で1枚分の
原稿を書く。何を書いてもいいが、次の人間は、前の相手が書いた原
稿をそのまま引き継がなければならない。形式は基本的には自由。た
だ、ある程度の縛りをいれた方がスリリングなので、書き出しは「む
かしむかし」。ラストは「幸せに暮らしましたとさ」で終わらなくて
はいけないという連作短編小説。

既に二巡目に突入し、もはや時間もストーリーも登場人物さえもぐだ
ぐだなすんばらしき世界が繰り広げられている。なんじゃこりゃ、と
いう概念を凝縮しているという点からいえば文学だし、無限ループが
続く部屋の中でひたすら何かを待っている男の姿などゴトーを待って
いるとしか思えないほどの不条理ぷりだ。もう、小説ではない、と言
いうメンバもいる。

ただ、思うのだが(もうカレーは食べていない)小説ではないという
のはどういうことか。自分で小説を書いたことは今まで一度も無いが
小説を書けないと思ったことも一度も無い。こんなことを書くとただ
の勘違い野郎にされかねないが、難しいのは、売れる小説だったり、
面白い小説だったり、泣け小説ではないだろうか。そんなものを書け
るとゆーとるわけではない。面白いものが書けないなら、それはきっ
と面白くない小説であろう。オチが無い、ならそれはつまらない小説
なのであろう。やまなしおちなしいみもなし、ならそれはやおい小説
であろう。脱線した。

つまり何だってよいのだ。小説なんて誰にだって書ける。小説だから
誤解をうける、みんな難しく考える。例えば人。面白くない人、売れ
ない人、つまらない人、脈絡の無い人、中身のない人。いろいろいる。
売れなければ人じゃない、というのは暴論だろう。

とまあ、前置きが長くなったが、

何が言いたいかといえば、一巡目で3人目からバトンを受け取って、
30分ほどで脱稿したら、これは小説じゃない、と言って書き直しを
命じられたことへのささやかな抗議である(笑

2007年8月17日金曜日

カレー大好き孫悟空

帰宅して遅めの夕食。リビングで韓流ドラマをながら見する。新鮮。
これは採用されているドラマツルギーが斬新とか、思いがけないト
リックで人が死ぬ、とかいうことではない。出演俳優を全く知らな
いという点が最近の体験でなかった点だ。日本のドラマに登場する
顔ぶれは、だいたい決まっている。

でも、これって考えてみるとすごく奇妙なことではないか。例えば
漫画で想像してみる。ドラゴンボールZでスーパーサイヤ人役で登場
した孫悟空さん、今後は日曜のゴールデンタイム、サザエさんにマス
オ役で登場。嫁姑の間で揺れ動く婿という繊細な役所に挑戦。
「日本の企業戦士達!オラに元気をわけてくれ!」

なあんてことはまずない。小説にしてもそう。演劇は比較的ドラマに
近いが、テレビに比べれば層が厚い。これは単純にどちらが悪いとか
いいとかという問題ではないのだが、どちらかと言えば、テレビの方
がタレントに依存して手を抜いているかなという印象はある。物語に
は最適の登場人物がいるはずだ。それをシリーズでもないのに、同じ
登場人物を使い回す作者がいたらどうか。いや、そもそも外見同じで
も違う役所なら小説では姿が見えないからいけるのか。漫画なら駄目
だ。一発でばれる。漫画は絵柄、小説は物語、テレビはタレント、そ
れぞれ得意なジャンルがあるということでいいのかもしれない。

ただ、物語をみたいと思うから、テレビをみるとがっかりするのだ。
これはテレビが悪いのではない。新聞を読みたいのに、漫画をひらい
た自分がわるいのだ。

そんなことを考えてみる。あくまでカレーを食べながら。

2007年8月16日木曜日

【模型】夏休みの自由研究 陸ジム




夏休みの課題1
陸ジムの作製。故有って期限を決めて以前からしこしこつくってい
たのだが、どうやら期日を勘違いしていたことが判明。お盆休みの
最後を使ってラストスパートした。途中、足が折れる、接着剤で指
とペンチが離れなくなるなどのアクシデントに見舞われ、時間切れ
で、大半のオプションをオミットし、やけっぱちで汚して完成。

申し訳程度にビーズを埋めたりデカールはったりしたものの、随分
不格好なものになってしまった。課題の多いモデルだった。

肩のナンバは所属ではなく年齢。27歳おめでとう。

カウンター

お盆休みの課題8 
カウンターの設置

意外とすんなり終了。無料サイトもいろいろなものがあって大変便利。
ページビュー基準。他の課題はお金がかかるので、今回も見送りかも。

終戦記念日

終戦記念日。特に変わったことはない。例えば、月の世界を想像し
てほしい。彼らは月面でしか生活したことがない。そこには酸素も
ないが争いも無く、地下には無限の資源があって人々は幸せに暮ら
している。彼らは実は自分たちが地球人の末裔で、移民船に乗れた
のはごく一部の富裕層だけであり、今ではすっかり赤茶けてしまっ
た地球にはまだ数十億の人々が貧しい暮らしをしていることを知ら
ない。全く知らない。

さて、彼らは「悪い」だろうか。いや、「知らない」のだから、悪
いということを知りようが無い。想像もつかない。

だが、彼らが悪であることを知っている人々がいる。彼らのせいで
船に乗れなかった者達とその末裔だ。彼らは月の人を憎む正当な理
由がある。でも、月の人々はそんなことは知らずに平和に暮らして
いる。そして、地球の人々が正義の鉄槌を振り下ろし、月に核を打
ち込む、そのとき、月の人々は初めて貧困を知る、悲惨を知る、絶
望を知る。そして悪を知る。明白な悪だ。

地球に残った連中こそ、悪だ。

これはもちろん寓話だ。戦争のことも、それから派生した現在のこ
とも、バイアスはあれど様々な情報を介して我々は知っている。し
かし、過去と現在、国と国を隔ててる距離は、月と地球の比ではな
い。想像力だけが、その壁を超えられるロケットだ。知識を燃料に
して飛ぶしかない。

目指すは善悪の彼岸、と言ったら格好つけ過ぎか。

2007年8月14日火曜日

道具のクオリティ


お茶の水を散策。明大前の坂を下って、書泉ブックマートへ。マニ
アックな本なら大抵のものは揃う書泉。靖国通り沿いのグランデも
有名だがサブカルならやはりブックマートだろう。最近のライトノ
ベルはどんなもんかと思ったけれど、もう全然フォローできない。
かろうじて「狼と香辛料」くらいか。

三省堂は閉まっていたが斜向いの三省堂「自遊時間」は営業してい
たので、ハイブリッドのボールペンを2本と新しいMOLESKINEの
ノートを購入。MOLESKINEはこれで4冊目。だいたい4ヶ月に
一冊のペース。溜まったノートを読み返すことはほとんどない。

自遊時間に併設されて上島珈琲で2時間ほどノートをとって、徒歩
で秋葉原へ。溶剤とスペアボトルを6つ購入。エアブラシを新調し
たので、それにあわせて溶剤も専用のものを購入した。外車にはハ
イオクを入れるようなものである。

ある程度のものは道具の善し悪しに左右される。これは本当だ。ど
うがんばっても筆塗りでは吹き付けの均一な表現はできないし、エ
アの圧力調整ができないうちは、グラデーション塗装はできない。
勿論それを使いこなす技術は必要だが、それは習得可能なものであ
る。技術を金で買えるとまでは言わない。ただ、金がないと習得で
きない技術があるということだ。

では、その先はどこにあるのか。道具によって出力されるクオリテ
ィはある一定の水準に保たれる。これはある意味ではメリットだ。
それを敢えて壊す、微妙なズレ、主観的な思想。それをどこに織り
込むか、それがセンスだ。

何にしても道具が保証する水準まで技術を引き上げないと話になら
ない。オリジナル云々を言い出すのは、それ以降の話だ。

トランスフォーマー

大学の後輩と映画「トランスフォーマー』を見る。ハリウッド映画
というものの定義を良く知らずに使っているので、何とも言えない。
とにかく大雑把で金がかかっていて、頭を使わないのがハリウッド
映画だと了解している。それでいいのだろうか。ハリウッドという
ブランド条件は今ひとつ映画ほど普及していない気がするのだが。

その路線でいけばトランスフォーマ—は立派なハリウッド映画だっ
た。スポーツ観戦時のカタルシスに近い。頭を空っぽにしてアクシ
ョンに集中すればよい。勝敗という意味では正義は勝つので、真剣
勝負には劣る。見る回や映画館によってデストロンが圧勝するなど
の水物感があれば、エンターテイメントとしてのクオリティはさら
にあがったのではないだろうか。
八百長プロレスと言ったらハリウッドに悪い、といった程度か。

その後立川に出て、バーで酒を飲む。会社を辞めたあとも付き合い
の続く同志と一杯。いや正確には三杯か。お酒の味は場所に寄って
ちがう、ということを教えてくれた大人のバーである。

2007年8月12日日曜日

軽井沢

軽井沢へ。東京駅から長野新幹線に乗り、家族の待つ軽井沢へ。
お盆休み初日の土曜日だったため新幹線指定席は完売。自由席に
なんとか滑り込み、1時間ほどで軽井沢駅へ。東京と比べて平均
気温が二度程度低い軽井沢だが体感気温はさらに涼しく感じる。
白樺や杉の林がふんだんにあり、別荘地全体が木陰に包まれてい
るためだろう。その証拠にホテルに戻る国道沿いの道の暑いこと
暑いこと。レンタサイクルでコンビニを探している時が今年一番
の猛暑だった。

新幹線特急券、乗車券5200円
文庫本400円
ブレンド珈600円

避暑気分 計6200円

ちーん。

2007年8月11日土曜日

仕事帰りの井の頭

井の頭公園へ寄り道。帰りは車なのでダイエットコークを買った。
金曜日の晩。思ったより人では少ない。

と、途中まで書いてみたが今日はここまで。
疲れたので、休む。公園はとてもよかった。ここでは仕事をして
いる人がいないのがいい。ゆっくり本が読めればいうことはなか
ったが、くらいのでそうもいかず。今日も5冊も買ってしまった。

2007年8月9日木曜日

転職します

自分が、ではない。

同期が転職する。職場を変えることの是非は実はよくわからない。
おそらくは、それを機に生き方を変えるのでは、と想像する。仕事
の本質がそれほど変化するとは思えないからだ。仕事だからという
とき、その人はほんとうにつまらなく見える。その人がつまらない
と思っているかどうかが問題ではない。その人自体がつまらないも
のに見えるということだ。

仕事だから、という時、家族のため、生活のためと言うとき人間に
たいする不審は「戦争だから」というときの人間の欺瞞と同じ匂い
がすると言ったら言い過ぎだろうか。

エッセイのエッセンス

アマゾンで書籍を発注する。「アインシュタインは語る」「憂国のス
パイ」の二冊。本を読む時間が取れないのが問題、当面は寝る時間を
削るしかないだろう。それはしかたない。優先順位からいけばそうな
る。生活を変えずに本をいまの倍読むにはどうしたらいいだろうか。
速読法はなんだかうさん臭いし、小説を読みには向かない。

今読みたいジャンルは、小説とノンフィクションが半々くらい。詩や
エッセイにも興味はあるが、エッセイについては大体の形式は理解で
きた。日常の出来事からエッセンス(本質)を抽出し、それについて
自分の意見を加える。そこにユーモアがあればエッセイとしては言う
ことはない。まさにエッセイのエッセンス。

2007年8月8日水曜日

公務員

省庁を含めた役場の人間は、特殊な人種であるといわれる。どの点
がと言われると、彼らは受注をしたことがない。複雑怪奇な組織図
のどこをみても営業部が存在しない。これは考えてみれば驚異的と
も言える。サービスを提供していると言えなくもないが、国民は別
に選択の余地があるわけではない。彼らは一生発注しかしたことが
ない。予算は消化するのみ。黙っていても、予算は毎年計上される。
多寡はあっても、なくなることはない。好き勝手には使えないが、
無駄遣いも散見される。その点は子供のお小遣いに似ている。

全てがそうではないだろう。
盗人にも五分の魂(微妙に違う)という位だ。
全てがそうではないだろう。

2007年8月7日火曜日

翻訳家になります。

自分が、ではない。

後輩が仕事を辞める。翻訳家になるそうだ。なりたいと思ってなれる
商売か、という意見もあるだろうし、今日から私は翻訳家です、とい
われれば基本的には無資格でいいのだから、なれる気もする。
愛妻家、恐妻家、これらも無資格。その気になれば即日なれる。心が
け次第。では翻訳家はどうだろうか。

もともとそうした志向の持ち主ではあったし、身軽な独身者のこと、
翻訳家になれるかどうかは別としても、いろんな人に可愛がられて、
なんとかやっていくのだろうという気はする。がんばって欲しい。

仕事だけが人生の全てではないけれど、仕事に打ち込めない人生も
むなしい。それは仕事が貴いからではなく、自分の時間の大部分を
使うからだ。その時間を縮小して生活できるほど、この国は豊かで
はない。

卵の鶏

社内の小説読みで集まって、鍋。暑い夏があざ笑うかのようなキムチ鍋
である。この場合、てにをは間違っていない。明らかにキムチ鍋を食っ
ている連中がおかしいと思う。つまり我々だ。

後輩のS氏の下宿で辛辛のキムチ鍋を食べながら小説談義。初対面にち
かい間柄の人が2名いたので、自然と自己紹介を兼ねて自身の読書遍歴
を語るのがメイン。わりと意識的に本を読むほうなので、モチベーショ
ンの説明はしやすい。しかし、最近「ハリーポッター」を何故よんだの
か、という理由の説明って結構難しいと思う。説明というのは、他人に
とってもその理由が納得できるものでないと意味が無いという不文律が
ある。面白そうだから、では駄目で、映画のポスターを見て原作を先に
読みたくなった、くらいの理由が必要。
きっと原因と結果という思考習慣に慣れた結果だろう。
因果関係というのは確かに一般流通した思考の枠組みといっていい。

しかし、
因果関係を使って者を考える人と、鶏が先か、卵が先か明確に答えられ
る人の数は、きっと圧倒的に後者が少ないのは不思議なことだと思う。

これと同様に、社会の枠組み、マスコミのフレーム、社会の常識、地域
のコードといった無意識に前提にしているもの、というのは非常に多い。
それを利用することで我々はスムーズにコミュ二ケートし、関係を円滑
にすることができる。

では、果たしてそのコードが本当に正しいのか。その検証をするには
どうしたらよいか。

物差しのはかりが正しいかどうか確かめるには、
複数のものさしで同じものをはかり。自分の目で見て判断するしかない。

一つのものさしだけで、誤りに気づかず。仕上げてみたら、ちぐはぐで
窮屈な服だった、ということもあり得る。そういう服を着ている方はと
くに年配が多いような気がするのだが。

複数の物差しを持つために本をよむ、
ここまで書けば本を読む理由の因果関係は万全だろうか?

2007年8月5日日曜日

七夕祭り、再び

橋本の七夕祭りをみる。七夕祭りを連日。クリスマスもイブと25日で
二日くらい祝うし、許容範囲かなと思う。阿佐ヶ谷は細いアーケードを
軸に商店街の活性化のために、各店舗が笹飾りを作って、ブースを貼っ
て、盛り上げていたのだが、橋本はどうにもピントがぶれていた。商店
街ではなく、マンション沿いの開けた道路に笹をたて、露天を出してい
るのだが、明らかに広過ぎて飾りがまばらに見えるし、お祭りとしての
まとまりに欠けた。

ステージの大道芸が、失敗の連続なのは面白かった、ああいう芸なのか
もしれない。

体調不良のため、早めに帰宅。いじりかけのキットに手を入れる。練習
用のきっとでプラパンによる幅増しと、ポリパテによる胸部のボリュー
ムアップが課題。プラパンはノギスであらかじめ採寸してからカットす
るとストレスが減る。ポリパテは、盛りつけから半硬化した20分後く
らいにサクサク削いで整形。このステップが楽しい。

ひぐらし

阿佐ヶ谷の七夕祭りを散策。時期的には一月ほど遅れているが、梅雨も
あけてお祭りシーズンまっただなか。地元の商店街の細いアーケードを
手作りの笹飾りが賑わす姿はアットホームで心地いい。平塚に比べて、
規模では劣るが、かえって人出もちょうど良い。商店街を素見しながら
七夕飾りを楽しむ人だかりにまぎれて美味しいかき氷を食べた。何年ぶ
りだろう。

帰りはいつもどおり吉祥寺によってユザワヤ。特にでものは無いが、模
造紙で用途に適うものが何枚かみつかったので、仕事帰りに買おう。

その後井の頭公園を2周。ひぐらしがなくのを聞きながら夕暮れを眺め
てしばし放心。すると暗闇のなかをベンチにむかってのっそのっそと寄
ってくる蟲がいる。よく見てみると蝉の幼虫。ぬけがらになるまえのも
のは初めてみた。「次郎」と名付けてしっかり励ます。ひぐらしかもし
れない。そもそもあれが蝉の仲間なのかも良く知らない。夕暮れによく
鳴き声を耳にするが、不思議と遠くから聞こえることが多い。ひぐらし
がなき、夜が来る。




写真は最近よく行くようになった花仙堂のデザインカプチーノ。
猫の次は兎、次はやはり犬だろうか。

2007年8月3日金曜日

トイとキット、それから読書

今日は半強制的に寄り道をする。家事都合、という奴である。詳しく
は書かない。結果として秋葉原にいた。要はそう言うことである。

行きつけの模型店で工具や材料を見て過ごす。ここは一階がわりと難
易度が低めのキット(要はガンプラです)と完成品のトイで、三階が
硬派なスケールモデルと工具が置いてある。一階は買ってすぐにあそ
べるもの、三階は作らないと遊べないもの、といった区分け。

どちらがどうということではない。ただ、すぐに遊べるものは、すぐ
楽しめるけれども、自由度は低い、それに面白みの耐久性が低い。そ
の場では何に使うかもわからない塗料や工具、資材は自由度が高くて
いつまでも楽しめる。何に使うか分からない、つまり何にでも使える。

それは意外と何にでも当てはまるはずだ。CDを買うのと楽器を買うの。
料理のフルコースを食べるのとフライパンを買うの。ベーシックなも
の、基礎となるもの、素朴で、手応えのあるもの、その自由度と耐久性
そんなことを考えながら、おもちゃ売り場に佇む26歳。

合掌。

合掌ついでに本屋によって講談社BOX最新刊「ひぐらしのなく頃に」を
購入。そこかしこで話題にはなっていたし、随分前から知ってはいたが
ゲーム自体は既にプレミアもの。何万も出して買うものじゃなしと思っ
ていたが、満を持してのノベライズ。「怖い」という前評判はいかばか
りか。(PS2の方は安いのかもしれない)

帰りの電車で読み切った。ちょっと読むのがきつい。文体は巧みではな
いし、流れもぎこちなく、多少緩慢。元々がボリュームを意識して書か
れたものなかのもしれない。こいつは死ぬな、と思った人物が早々に血
祭りに上げられて一巻が終わった。リーフを読むと出題篇7巻とのこと。

その長さにちょっと期待は持てるけど。もっとスリムにできるような気
もするし、いま冗長に見えるところが伏線かもしれないし。表現ではな
くテリングで見せるのかストーリで見せるのか。次巻くらいはまた買う
かもしれない。

吉祥寺

吉祥寺でお酒を飲む、会社でお世話になっている先輩と東急の側にあ
る豆腐料理の居酒屋。メニューは少なめだが、レアの焼酎もありとて
もおいしゅうございました。やはりお酒が入ると他のことが何もでき
ないので、あまり良くはないなと総括。だたし、お酒はともかくお世
話になっている方ということもあり、楽しゅうございました。

吉祥寺は、井の頭公園を始め、ユザワヤやシャムロック、オールドク
ロウなど、良く行くお店が多い。大きい啓文堂もあるし、最近ヨドバ
シもできた。大体欲しいと思われるものは大体ある。欲しいと分かっ
ているものはネットで買えばよいのだが、狙いを定めず、射程を広く
とってそぞろ歩くにはとてもいい街だと思う。公園があるし、そこに
いれば、何もサービスを受けなくても許される。何もしなくてもいい
し、何を考えても良い。公園は街のゆとりそのものだし、そこにいく
ことは生活のゆとりそのものではないだろうか。そうしたわけで、週
末はせっせと井の頭公園に行く。ゆとりばかり、という説もある。難
しいところだ。

2007年8月1日水曜日

銀行

銀行振込をしよう思ってネットバンキングにログインしようとしたら
3回以上パスワードを間違えてサービスが停止されてしまった。控え
めに言ってピンチであり、大げさにいえば信用の危機だ。単にクレジ
ットの引き落としに間に合わないということだが、和訳すれば信用が
まさに不渡りせんとしているわけで、どうにも落ち着かない。明日の
昼に銀行に行けばいいのだが。パスワードは勿論覚えていたのだが、
他の銀行と勘違いしてがしがし入れ続けていたら、間違っていたらし
い。半角と全角を確認して、ログイン用のIDを入れ直していたら、
すぐに三回くらいは間違える。復旧には1週間から2週間かかってし
まうらしい。

自分で間違えておいて何だが、不便である。ここで唐突に銀行比べを
すると、サービスがもっとも行き届いているのは新生銀行。なんとい
ってもオペレータが24時間で対応してくれるので、一度サービス停
止を受けたときに、その場で確認しながら復旧し、振込カードもすぐ
郵送してくれた。申込用紙をパソコンで印字して届出印を提出させる
銀行にくらべ、そもそも届出印が存在しないのが新生銀行の特徴でも
ある。自分で間違えておいてなんだが、これならメインの銀行口座を
映そうかなと考えてしまう。本当に逆恨みである。