やってみないとわからない。
青春スポコン(死語)で良く聞く台詞だ。やってみなければ出来るか
どうかわからない、試してみなければ、可能性はゼロではないか、と
いうポジティブ表現として多用されている。
だが、この言葉の深みはもっと別のところにある、はずだ、と思う、
というのが今回のテーマだ。
例えば、プラモデルを作ったことがある人と、ない人との決定的な違
いを考えてみると、それは「他人が作ったものの善し悪しがわからな
い」ということである。もちろん、雲と泥の区別くらいはつくかもし
れないが、素晴らしい作品が、なぜ、どうすごいか、そこそこの作品
と何が違うのか、ということは、自分で作ろうとした人間でないと決
してわからない。
もちろん、ただ、すごいね、ということは誰にでもできる。しかし、
その程度の言葉では全然足りない。自分がそれだけのものを作るこ
とが、どれだけ難しいか、実感として分かってこそ、はじめて目の前
の作品に対して驚嘆できる。そして、その方が断然面白い。
どんなジャンルでも良い、運転でも、ギターでも料理でも、子どもの
世話でも、どんなことでもいい、自分がやったこと以外について、軽
々しく断じるのはやめて、ちょっと手を動かしてみてはどうだろうか。
これは、自分に対して多分に言っている。模型をやっていて思うのは
どんどん客観的になれることだ。そして手を動かすこと。なかなか上
手くはできなくても、作り上げる過程は、全てのことに対してある種
の経験的なとっかかりを与えてくれる。
こればかりは、ほんとうにやってみなければわかないことだ。
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