社内の小説読みで集まって、鍋。暑い夏があざ笑うかのようなキムチ鍋
である。この場合、てにをは間違っていない。明らかにキムチ鍋を食っ
ている連中がおかしいと思う。つまり我々だ。
後輩のS氏の下宿で辛辛のキムチ鍋を食べながら小説談義。初対面にち
かい間柄の人が2名いたので、自然と自己紹介を兼ねて自身の読書遍歴
を語るのがメイン。わりと意識的に本を読むほうなので、モチベーショ
ンの説明はしやすい。しかし、最近「ハリーポッター」を何故よんだの
か、という理由の説明って結構難しいと思う。説明というのは、他人に
とってもその理由が納得できるものでないと意味が無いという不文律が
ある。面白そうだから、では駄目で、映画のポスターを見て原作を先に
読みたくなった、くらいの理由が必要。
きっと原因と結果という思考習慣に慣れた結果だろう。
因果関係というのは確かに一般流通した思考の枠組みといっていい。
しかし、
因果関係を使って者を考える人と、鶏が先か、卵が先か明確に答えられ
る人の数は、きっと圧倒的に後者が少ないのは不思議なことだと思う。
これと同様に、社会の枠組み、マスコミのフレーム、社会の常識、地域
のコードといった無意識に前提にしているもの、というのは非常に多い。
それを利用することで我々はスムーズにコミュ二ケートし、関係を円滑
にすることができる。
では、果たしてそのコードが本当に正しいのか。その検証をするには
どうしたらよいか。
物差しのはかりが正しいかどうか確かめるには、
複数のものさしで同じものをはかり。自分の目で見て判断するしかない。
一つのものさしだけで、誤りに気づかず。仕上げてみたら、ちぐはぐで
窮屈な服だった、ということもあり得る。そういう服を着ている方はと
くに年配が多いような気がするのだが。
複数の物差しを持つために本をよむ、
ここまで書けば本を読む理由の因果関係は万全だろうか?
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